交響曲第14番 ト短調 作品135 「死者の歌」

バルシャイ指揮 モスクワ室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S) レシェティン(Bs) 1969.10.06/Live GPR

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モスクワ初演のライヴ盤。ものすごい迫力と恐怖。ヴィシネフスカヤの鬼気迫る歌唱は、もしや本当におかしくなってしまったのでは、と思うほどの狂気。歌なのか?叫び、呻き、喘ぎ…、ぎりぎりのラインである。特に5楽章からアタッカする6楽章「マダム、ご覧なさい!」。もしあなたがこの曲を一人で熱心に聴いているところを理解のない家人にでも見られようものなら、正気を疑われるだろう。気を付けた方がいい。バルシャイの同曲の録音は、さすがに初演者だけあってどれも素晴らしいものだ。初録音盤も名演だが、録音の悪いこのライヴ盤を私が好むのは、やはり打楽器をはじめとする攻撃的な表現。トム・トムは革が破れんばかりの大音量で叩いている。特に終楽章が素晴らしい。トム・トムの連続する2撃が、まるでこの世の終わりとでもいうかのような破壊的な音色。ちなみに、最後には楽譜にはないトムが付け加えられている(そして全てをかき消す)。ショスタコ氏自身が書かなかったのだから、私としてはそれは特に入れなくともよい気がするが、ただ、この演奏にはショスタコ氏も立ち会っているはずなので、事前に何らかの相談はなされたはずだ。識者に伺ったところ、バルシャイの提案に対して「まあ、いいんじゃないか」と氏が応えたようだ。これはこれで一つの形態かと思われる。なお、有名な話だがこの演奏を聴いたショスタコーヴィチ自身は歌い手のミスなどをひどく気にして怒っていたという。そのようなエピソードも十分に知られていながら、なお、このディスクを推すのはやはり迫力ッ!とんでもないエネルギーに屈服させられるし、ねじ伏せられる。この真っ直ぐに届いてくる音は圧巻である。そして、この14番という「交響曲」の持つ魅力の一つが、芳醇な響きや音程、技術よりも、聴き手に届かせようとする「声」なのだとすれば、まさにこのディスクから「声」が聴かれるのである。「死者の歌」という副題については作曲者の指示ではないものの、既に定着しており、ブリテンに献呈された際に英訳で付けられたものとのこと。5番を「革命」と呼ぶのは(音楽的な内容から)抵抗があるが、この14番に関しては見事に言い当てたタイトルのように思える。死が濃く匂い立つこの交響曲に相応しい副題だ。ディスク情報としては、このGPR盤は2002年に発売されたもので、廃盤したロシアン・ディスク等を復刻させたものすごく嬉しい4枚組。しかも1880円(T◎T)で店頭に並んだもの。後にVENEZIAからも復刻されているが、音質的には当GPRが好み。節操のない響きが素晴らしい。

バルシャイ指揮 モスクワ室内管弦楽団

ミロシニコワ(S) ウラジミーロフ(Bs) 1970 Victor

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バルシャイによる初録音盤。録音年の記載は無いが、70年と思われる。上記ライヴ盤よりも遥かに音質が良く聴きやすい。ソプラノも艶のある美しい声で、この曲の不気味な雰囲気を見事に歌い上げている。ライヴ盤のようなミスもなく、この曲の最も理想的な姿だと思える。トム・トムの音程は少し気になるが、多彩な打楽器群はとてもクリアーに響く。まさに非の打ち所のない名演であろうと思うが、どうだろうか。「死」というテーマに対してのショスタコーヴィチの姿勢を感じることができ、迫真の緊張感を持っている。69年ライヴ盤とあわせて、必聴必携。

ロストロポーヴィチ指揮 モスクワ室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S) レシェティン(Bs) 1973.02.12/Live RUSSIA REVELATION

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バルシャイ初演盤と全く同じ顔ぶれの演奏だが、異なった響きを作るのはさすがにプロの演奏家たちのなせる技。スタジオ録音盤に比べ、ライヴゆえに張り詰めた緊張感があるし、どこかバルシャイ盤にも似た冷たい恐怖感もある。ヴィシネフスカヤ、怖い歌い手よ…。やはり「マダム、ご覧なさい!」が圧倒的にソプラノの狂気を映し出す。70年代の録音ならもう少しクリアーな音質でもいいようなものだが、これはなかなか酷い。それでもバルシャイ初演盤よりは幾分マシな状態。それにしてもこの第14交響曲、ロストロとバルシャイの名盤の前に誰も敵わんのう。素晴らしいソリストに恵まれたということもあろうが、やっぱり弦楽器奏者を兼ねた指揮者だからこそなのだろうか。…でもまあ、何だかんだ言ってもトム・トムが大好きなんですけど。

クルレンツィス指揮 アンサンブル・ムジカエテルナ

コルパチェヴァ(S) ミグノフ(Bs) 2009.07 Alpha

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バルシャイとロストロポーヴィチの名盤で知られるこの第14番に、異色のアプローチで名演を聴かせる恐ろしいディスクが登場した。それが1972年生まれの若きマエストロ、テオドール・クルレンツィスと、古楽器を含む弦楽アンサンブルによる一枚。ベートーヴェンの交響曲などでは古楽器による全集が出ていたりなど、その独特な響きに驚きはあれど、さすがにショスタコーヴィチへの適用は近現代の作曲家としてありなのか。…と、思うじゃあないか。しかしこのストレートな響きを聴いてしまえば、さすがはショスタコーヴィチ。時代を超越したスーパー作曲家であることが「心から」理解できる。崇高なまでの「死」への畏怖と尊厳を感じさせる弦の響きと、現代的なメカニックを排した打楽器の呪術的な暗さには、感動を覚える。このジャケットの印象に左右されてなのか、ついには宗教的な色味さえ感じてしまうというのは、いささか言いすぎか。それでいて土臭いロシア的な響きと、機能的なアンサンブルには、心底まいった。ついヴィヴラートなんて必要ないんだ!と思うほど。心の奥底に届いてくる。「1969年―、ビートルズ解散間近。東西冷戦の難局にあったこの年、『東側』を代表するロシアの巨匠ショスタコーヴィチが、新たな交響曲を発表した」と始まる帯の解説も素晴らしく、ライナーノーツも充実している。歌詞の訳は他に見たことのないもの。そして、従来よく知られる「深きところより」は、一柳訳と同じく「深き淵より」と、聖書からの引用を明示したものとなっている他、随所にキリスト教的なニュアンスを含むアプローチとなっている。ともあれ、この新しい14番の解釈と演奏に、心からブラボーと叫びたい。

バルシャイ指揮 モスクワ室内管弦楽団

カスラシヴィリ(S) ネステレンコ(Bs) 1975.05.16/Live TOKYO FM

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うおー(T◎T)伝説のバルシャイ指揮による日本初演がディスクになったぞ!当時は赤坂のサントリーも池袋の芸劇も、(まして錦糸町のトリフォニーも)存在せず、場所は上野の東京文化会館。デッドな響きがまた格別に美しいが、SACDによる音質も我が家のオーディオを十分に鳴らしてくれた。初演盤、初録音盤との比較は野暮なものとも思うが、均整の取れたどこかゆとりを感じさせる演奏は、また別の魅力を引き出している。やはりバスのネステレンコ、たっぷりと深い声質が、この曲にヒステリックなだけではない危機感を与えている。なお、このディスクのライナーは対訳を一柳富美子先生、解説を工藤庸介さんが担当している。

バルシャイ指揮 ケルンWDR交響楽団

シモーニ(S) ヴァネーエフ(Bs) 1999-2000 Brilliant

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さすが初演者バルシャイ。14番においてバルシャイの右に出る者はない。現在聴くことのできる4種の録音はいずれも素晴らしい出来栄えだ。この最新盤は、上記の録音に比べるとだいぶヒステリックな様相は影をひそめ、老巨匠としての風格に満ちた演奏。しかし、大人しくなったとはいっても、その恐怖感は衰えてはいない。暗く、どろどろと歌い上げるソプラノはやはり怖い。深く沈みこむような音色と、バランスの良いアンサンブルはバルシャイの魅力の一つ。モスクワ室内管と比べてオーケストラの方向性は異なるものの、健在である。

ロストロポーヴィチ指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S) レシェティン(Bs) 1973 MELODIYA

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ロストロポーヴィチは、ロンドン響、ナショナル響と全集を録音する際に、14番だけは録らなかった。かつて残したこの録音を超えることはできないと判断したためだという。従って、全集に収録されている14番もこれと同じモスクワ・フィル盤である。ソプラノはヴィシネフスカヤ、バスはレシェティンというバルシャイのライヴ盤と同じ最高の組み合わせ。しかしながらバルシャイとははっきりと別解釈による演奏。私にはどうもロストロとその妻ヴィシネフスカヤの愛の力(?)が作用しているように思える。圧倒的に美しい演奏である。なお、初演のソリストをめぐってはショスタコーヴィチとひと悶着あったようで、この辺り、ショスタコーヴィチの性格が伺えて楽しい。

ロジェストヴェンスキー指揮 ソビエト国立文化省交響楽団

カスラシヴィリ(S) サフューリン(Bs) 1985 BMG

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交響曲というよりは連作歌曲。その特異な編成(室内編成の弦、バスとソプラノの独唱、そして多数の打楽器)のためか、演奏される機会は15曲中でも少ない方だと思われる。非常に取り扱いの難しい曲である。こういった趣向の曲はロジェヴェンの手には余るのでは…、と思ったら大間違い。ものすごい録音だ。1楽章「深き淵より」のバスの第一声から世界観が炸裂。弦も深く重く、ロジェヴェン全集の一つの到達点を見る。6楽章「マダム、ご覧なさい!」の狂気、8楽章「コンスタンチノープルのサルタンへのザポロージェ・コサックたちの回答」ラストの鬼気迫る弦のうねりなど、そして一転して9楽章「ああ、デーリヴィクよ、デーリヴィク」の叙情性…。確かに部分的に雑であったり、爆裂型のロジェヴェンらしいアプローチも見られるが、85年というソ連時代の録音として実に深みのある一枚。5楽章「心して」のトム・トムの激打ちが楽しい。ボトムのヘッドは張らずに片皮でのチューニングかもしれない。

キタエンコ指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

シャグチ(S) コットチニアン(Bs) 2003.07 CAPRICCIO

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ショスタコの交響曲の中でも位置付けの難しい作品で、録音数も決して多くない上に、バルシャイやロストロの決定的な名盤があるために他の盤を聴く機会が少ない。その中にあって、キタエンコ盤は今までにないアプローチで大成功している。ひとことで言えば、キタエンコはわかりやすいのだ。どろどろと歌いこんだり、意味深気に闇の部分を強調させたりもしない。13番でもそうだったが、14番はさらに明確ですっきりと筋の通った演奏を聴かせる。「ヴィシネフスカヤの歌う『死者の歌』こそ14番なのだ」と思っているとだいぶ印象が違うとは思うが、これはこれで一つの姿であろう。あまりの新鮮さに嬉しくなった。「デーリヴィク」のまるで甘っちょろい青春映画かというようなノスタルジックな響きには泣けてくる。こういう感動が、ショスタコーヴィチの音楽の普遍性なのだろうと思う。打楽器に関しては、低めにきっちりとチューニングされたトム・トムの深い響きが何より魅力的。この曲でこんなによく響くトム・トムを聴いたことはない。「ローレライ」の木琴も素晴らしい響き。シャグチの歌声には好みはあるだろうが、ツンデレな隙ある甘さは好きだ(ヴィシネフスカヤはツンツン)。

ハイティンク指揮 コンセルトヘボウ管弦楽団

ヴァラディ(S) ディースカウ(Br) 1980 LONDON

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原詩使用盤。歌詞はロシア語だけでなく、ころころ変わる。当然、印象もだいぶ変わっている。アクセントの位置も違うので当然だが、しかし、淡々としたその演奏スタイルが洗練されたホラー映画のようで好きだ。『ショスタコーヴィチ大研究』(春秋社)の中で井上道義がこの曲のことを「左脳より右脳の世界」と称していたが、ハイティンクのアプローチは知性的でまさにそうした世界観を持つ。冷徹な音色は冴えわたり、ヴァラディの声質と相俟って一つの芸術的な回答を見た気分にさせられる。

ンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

ツォロヴァルニク(S) ネステレンコ(Bs) 1974 BMG

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やはりこの曲はソビエト勢の演奏が素晴らしい。やはりコンドラシンも期待に違わない。バルシャイやロストロと比べると印象の薄い感は拭えないが、俯瞰的でクールな演奏。そしてネステレンコとコンドラシンとの相性は素晴らしく、決してバランスを崩して主張してくるようなことはないものの、ソプラノと一体となって緊張感を構築している。

アシュケナージ指揮 NHK交響楽団

ロジャーズ(S) レイフェルクス(Bs) 2006.06.27-29 DECCA

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14番が単品で、しかも国内盤で店頭に並ぶってスゴイことだと思う。連発で13、14、4(再録)と3枚リリースしてアシュケナージの全集が完成した(箱はほしいけどさすがに買い直す気はしないのう)。この盤を聴いて、つくづく「ああ、やっぱり僕はアシュケナージ好きなんだ」と思ってしまった。このサッパリした演奏、どうですか。ロストロポーヴィチの演奏と同じ曲とは思えんよ。オケがN響というのがまたアシュケナージには合ってるんだろうな。良い意味でも悪い意味でも優等生的なんだが、録音もまあ良いし、こういう分かりやすいのって素敵です。作品を理解できないから淡白な演奏になるんじゃなくて、理解しているからこそ一歩引いてみた、というスタンスなんじゃなかろうかと。ソロは、バスはヤルヴィでお馴染みのレイフェルクスと、ソプラノはロジャーズ。ウィグレスワースともこの曲を録音している。これまたロシアっぽくないあっさりしたソプラノで何ともまあ。打楽器は5楽章のトム・トムはオンビートのアクセントが野暮ったいが、11楽章の思い切った強打はあまりにカッコイイ。惚れました。

バーンスタイン指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

クビアク(S) ブーシュキン(Bs) 1976.12.08 Sony

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全11楽章を通して一貫した世界観と、抜群の安定感を持つディスク。どこかショスタコーヴィチらしくない響きはバーンスタインの音楽性によるものだろう。歌曲として、例えばマーラーの系譜への近似を感じさせる。バーンスタインが録音したショスタコーヴィチの交響曲は1・5・6・7・9・14。13番や15番は外して14番をレパートリーに加えた理由がわからなかったが、聴いてみればバーンスタインの音楽的なアプローチをよく理解できる。他の曲にしても5番の終楽章は極端に速いテンポだが、その他は比較的ゆったりとした独特な世界観を持っており、6番や9番などの解釈は好みが分かれる(というよりむしろ、ソ連系の演奏を好む者からすれば受け入れられないだろう)が、通して14番まで聴いてみれば一貫した世界観を感じることができて面白い。

ブリテン指揮 イギリス室内管弦楽団

ヴィシネフスカヤ(S) レシェティン(Bs) 1970.06.14 BBC

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この曲の献呈者であるブリテンの演奏。何か特別なものを期待してしまうが、至って真面目に構築された演奏。強烈なまでの魅力は感じないものの、減点するような箇所もない。オーケストラがもっと有機的に動けば面白くなりそうだが、どうにか安全運転を保っているような印象。一方で、レシェティンはやはり別格の格好良さ。録音にもよるのだろうが、このイケメン声にはシビれる。

N.ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団

カザルノフスカヤ(S) レイフェルクス(Bs) 1993 Deutsche Grammophon

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安定した演奏でじっくりとスコアを解き明かしていく姿勢は好きだ。全体的に今一つ個性に欠けるものの、堅実でセンスの良い打楽器は魅力的。そして、レイフェルクスの豊かなバスはDGで録音されたヤルヴィの歌曲集と同様、素晴らしい。それから、DGのヤルヴィによるショスタコーヴィチは11~15番、歌曲集2枚、いずれもクーレンベックという画家によるジャケットが魅力的。

ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

ゴーゴレフスカヤ(S) アレクサーシキン(Bs) 2005 EMI

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生誕100周年を目前に完成されたヤンソンスの全集。この14番はかなり後回しになっていたようだが、充実した演奏と録音。教科書的に再現された演奏には精彩を欠くが、オーケストラの技術とアレクサーシキンの安定した表現力はさすがといったところ。同時期にEMIで録音されたラトルとベルリン・フィルによる14番などは、技術的なアドバンテージがありながらどこに魅力を見出せばいいのかわからない演奏であったのに対して、ヤンソンスはオーケストレーションの薄さを逆手に取るような絶妙なアンサンブル。