交響曲第13番 変ロ単調 作品113 「バビ・ヤール」

コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

エイゼン(Bs) 1967 BMG

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エイゼンの太く重い声質も素晴らしいし、それを支えるオケも最高の演奏を聴かせている。ソビエト勢の演奏ではどうも音が薄くなりがちだが、この盤では地の底から響くような深い音を鳴らしている。強奏部はコンドラシンらしい強烈な音を出してはいるのだが、それが少しも耳障りではない。こんなことが可能なのか、と思えるほど。録音の質も全集の中では非常に良い。これはいくつもの偶然の要素が重なり合って誕生した名演なのか、それともこれこそコンドラシンの実力なのか。コンドラシンのこの曲への理解は他者を凌駕する。ムラヴィンスキーが振らなかったことも含め、コンドラシンに対抗できる指揮者は一人としていないのではないか。20世紀の文化を代表する録音であると断言する。

ロジェストヴェンスキー指揮 ハーグ・レジデンティ管弦楽団

アレクサーシキン(Bs) 1998.11.08/Live RESIDENTIE ORKEST

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CDプレーヤーに掛けて数分、瞬く間にこの演奏の虜になった。ハーグ管は世界の名だたる名門オケと比べれば決して上手くないし、中にはとんでもない録音があったりして「本当にプロか?」と驚くこともあるけれど、この13番の何と魅力的なことか!もの凄くすっきりと整理されてわかりやすい。まるでオペラのようにストーリー性のある演奏。それは極端とも言える表情付けに表されている。例えば1楽章のドアを叩くところ。なんだ、この大太鼓は!ピアノじゃないのか。ロジェヴェンにはピアニシモもフォルテ化するのか。チェレスタも前面に出てきて存在感たっぷりだ。また、ぶりぶりと唸る金管低音も実にロジェヴェンらしく随所でぶりっと聴かせているが、大虐殺が始まるとこれはもう紙一重の強烈なぶりぶりを聴かせてくれる。ソビエト文化省響のようなキンキンと頭が痛い音色ではないが、オケも打楽器も充実したサウンドで、残響までたっぷりの銅鑼やティンパニなどが大音量で鳴り響く様には興奮せずにはいられない。一方で、冒頭部分や後半楽章の弱奏部の弱々しいまでの表現がとても切ない。今にも泣き出しそうなアレクサーシキンの艶やかな声色には、思わずゾッとする。こうしたコントラストが歌詞の内容に伴って浮き出てくると、大きな共感をもってこの曲を聴けるようになる。ただし、録音状態に関してはあまり良いとは言えない。せめて楽章間の編集ぐらいはもう少し気を遣ってもらいたいところ。ちなみにこのCD、ハーグ管の自主制作盤で、オケのホームページから受注をしていた。まだ見ぬロジェヴェンのショスタコ音源なんて、と嬉々として注文したわけだが…、いつまで経っても届かない。同時期に注文した方でも届いてる方とそうでない方が。よくわからない管理体制のようで、催促のメールを何度出しても返事なし。そうこうするうちにタワーレコードが仕入れてくれた。

コンドラシン指揮 バイエルン放送交響楽団

シャーリー=カーク(Bs) 1980.12.18-19/Live Philips

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ショスタコーヴィチの13番でベスト3を挙げよと言われれば、そこに当盤が含まれることは間違いない(炸裂大爆発のロジェヴェン&ソビ文の演奏も数えたいのは山々ではあるが…)。さて、コンドラシン亡命後、突然の死のわずか3カ月前のライヴ演奏である。実に美しい響き。ソビエト時代の鋭く突き刺さるようなギラギラした響きも魅力的だったが、この深い温かみを持ちながらも表裏一体の恐怖感とアンバランスを持った音も感動的だ。それは、年齢を重ねて角が取れて丸くなったというよりも、もっと悟りに近付いたような同じ方向の延長上にあるもののように思える。それは例えばマーラーの1番のライヴ盤を聴いても分かることで、最後までコンドラシンは突っ走る指揮者だった。嬉しいことに。で、そのコンドラシンの13番は、ドイツのオーケストラとの共演によって、これまでとは違った新しい響きを生み出している。歌詞は原典版を使用している辺り、コンドラシンのこの曲へのこだわりが感じられる。独唱のジョン・シャーリー=カークはイギリス人だが、グロマツキーやエイゼンに劣らぬ素晴らしい歌唱力。ロシア臭さはまったくないものの、オケだってドイツのオーケストラだから、この演奏においては別段気になるところではない。ドイツのオーケストラ特有のシリアスで硬質な響きが、一層にこの曲の持つ怒りや警鐘に意味を与えている。素晴らしい演奏に出会うたびに、こうしてCDに評価を付けて順番に並べようという行為が愚かしく感じるものだ。

ロジェストヴェンスキー指揮 ソビエト国立文化省交響楽団

サフューリン(Bs) 1985 BMG

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気合十分の激しい演奏。この曲に何を求めるかで変わってくるとは思うが、ロジェヴェン盤も一つの回答を見せている。重厚で格調ある演奏とは無縁なのは常だが、それにしてもここまで凄まじい13番も珍しいだろう。ソビエトのオケに求める要素がほとんど全て詰め込められている。2楽章「ユーモア」は、こういう楽想こそロジェヴェンの得意とするところだろう。もともと「ユーモア」と呼ぶほどユーモラスではなく、もっと高度な、例えばフォークナーをユーモア文学として読むぐらいのゆとりの上でのユーモアなのだが、それをロジェヴェンはやってのける。素晴らしい。5楽章「立身出世」の安っぽいラッパの音色も最高である。しかしこの録音の悪さは一体何が起こったのだろうか。本当に80年代のデジタル録音なのか疑いたくなる。予想を超遥かに超えた大音量につき、録音機器のセッティングが対応できずに歪んだのか。

コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

グロマツキー(Bs) 1962.12.20/Live Venezia

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グロマツキーの深く暗い声が素晴らしい。コンドラシンの13番の中では、最も攻撃的な面を持っている録音。歌詞が改稿前だということはあまり関係ないかもしれないが、ショスタコーヴィチ監修(と言っていいかわからないけれど)による演奏で、しかも初演直後とあらば、否が応にもこうした緊張感が生まれてくるだろう。エイゼン盤では落ち着いた演奏を聴かせていて、それがスタンダードを極めているのだが、こうしてちょっと粗野で灰汁の強い演奏を聴くと、この曲にさらなる可能性を見出し、なるほど、と納得させられる。そうすると、ロジェストヴェンスキーの乱暴極まりない演奏もまた魅力的に思えてきたから不思議だ。ところで、このヴェネツィアから出た復刻盤の4枚組。ケースが大きすぎて(CD4枚を1面に並べた状態)、置き場所に非常に困る…。CDラックには入らないので、LPと一緒に本棚に。

テミルカーノフ指揮 ソビエト国立交響楽団

セレズネフ(Bs) 1983.06.16/Live Brilliant

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さて、どう評価していいかわからない魅力的なディスクの登場だ。ソビエト時代のテミルカーノフは数々の名演を残しているのだが(特に1番、5番、10番など)、ここに一つまた素晴らしい録音が…。初めに言っておこう、録音は悪いし、ソロは落ちるし、バランスはぐちゃぐちゃだし、オケとバスが噛み合ってないところもたくさんあるし、難点ばかりだ。これは酷い。でもなぜか繰り返し聴きたくなる不思議な魅力に溢れているのだ。贅沢なことを言えば、コンドラシンのように何種も録音を残していると、自分のお気に入り以外の盤はあまり聴かなくなってしまうし、ロジェヴェンだってハーグ盤を取る。その中にあってこのテミルカーノフの13番がベストに食い込んでくるのは、圧倒的な個性があるからだ。それはテミルカーノフの他の推薦盤と同様。もの凄い爆走。特に2楽章は卒倒ものだ。この曲が好きで聴き込んでいる人は怒り出すんじゃないかと心配してしまう。なぜにこんなにも鳴らすのかと。この凄まじい13番を録った指揮者が、後年にまた一つ素晴らしい13番を録音しているのも感慨深い。

コンドラシン指揮 モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

グロマツキー(Bs) 1963/Live GPR

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初演メンバーによる貴重な録音。歴史的、資料的価値の高さもさることながら、その演奏の凄みは、他の録音では決して聴けない。コンドラシンの13番には数種の録音が残されているが、いずれも入手困難な状況にある。そのため、私も全てを聴いたわけではないのだが、それでもコンドラシンの13番には他とは違う特別なものを感じる。初演者にして、コンドラシン一大出世劇の第一歩である。ただ、同時にまだその才能を開花させきっていない若手指揮者としてのコンドラシンの姿も垣間見える。ちなみに当ディスクは1962年の表記があるが、ロシアン・ディスクのものとは別盤で、いわゆる「音楽院盤」。グロマツキーとの録音は62年オリジナル盤、63年音楽院盤、65年エベレスト盤を確認している。

N.ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団

コチェルガ(Bs) 1995.11 Deutsche Grammophon

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ヤルヴィの13番は、ショスタコーヴィチの他の録音がほとんど全て極端に速いテンポ設定であるのに対して、非常に重い。ずぶずぶと沼に沈んでいくような、非常にまったりとした演奏である。が、このヤルヴィ流のまったり感が意外なことに13番に非常にマッチしていたのである。ロシア勢の演奏ももちろん素晴らしいのだが、どうしても強烈な金管・打楽器、そして録音の悪さに頭が痛くなる。ヤルヴィは柔らかなどこまでも広がっていく厚みある響きを聴かせる。鐘の音色なんて、もうほんとにまろやか。ご~ん、と良い音がする。

M.ショスタコーヴィチ指揮 プラハ交響楽団

ミクラーシュ(Bs) 1995.02.01/Live SUPRAPHON

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「親の七光り」の輝きはあるのかないのか。きっとマクシムは才人なのだと思う。偉大なる父ドミトリーの血が半分と、物理学者の母ニーナの血が半分。ルックスも親譲りでなかなか優男だったが(ヒゲ伸ばさないでね)、残念ながら指揮者としては成功しなかったようだ。ソビエト、ロシアの情勢もさることながら、父の威光が眩しすぎたに違いない。でもそんなマクシムにも名盤がちゃんとある。この13番もその一つ。妙にしゃりしゃり響く残響たっぷりのライヴ録音。マクシムの唸り声もグッド。お父さんの作品には妙に力が入るみたいだ。マクシムの解釈を支える必殺技「父はこう言っていた」もここでは空回りせず。このライヴへの意気込みを感じさせる熱演。ところで、マクシムとガリーナによる回想録『わが父ショスタコーヴィチ』は面白いです。

キタエンコ指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団

コットチニアン(Bs) 2004.07 CAPRICCIO

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コットチニアンの優しい声と深い音色の録音特性もあって、実に丁寧な仕上がり。1楽章はダークサイドがやや物足りないものの、2楽章以降の演奏は充実している。鐘の音色が非常に美しい。カンカンと金属的な響きをさせる部分と、まろやかにご~んと響かせる部分とで使い分けがなされている。キタエンコの声楽付き交響曲が全てそうであるように、すっきりと整理されており、そして丁寧で、我々が単純に思い描く感動とは少し違った満足感を与えてくれる。